東横病院内でミサを捧げていた人々をきっかけとして、1958年アトンメント会が武蔵小杉に設立した教会です。


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年間第26主日


何度でも

 朝晩と日中の気温差が激しくなり、少しずつ秋の恵みを感じられるようになってきました。体をしっかり整えて、神に心を向けて神に従う者として救いの道を示すことが出来るように祈りたいと思います。
 さて、私たちは誰も一人で生まれたわけではなく、一人で生きることも出来ません。多くの人との関係性の中で生まれ、生きる者です。そして、私たちは「信じる事」を前提としての日常生活を生きている者です。家族が、今日一日無事に過ごせることを信じていますし、働いたら、その分の賃金が支払われることも信じています。電車が目的地に向かって動くことも、信じているうちの一つでしょう。
 一方で、私たちは誰でも裏と表の自分を持っています。隠しているつもりでも親や親しい友人から「あなたがしたことは、ちゃんとあなたの顔に書いてある」と言われて思わず顔を手で隠したことはないでしょうか。例えば子供の頃、ビクビクしながら小さな嘘をついてしまい、絶対にばれないと思っていたのに、なぜだかお父さんやお母さんにばれてしまっていた。それなのに叱られもせず、一体どうなっているのだろう、と思ったりした事があるでしょう。罪を犯した時から心は落ち着かず、罪悪感に苛まれ、不安に心を揺さぶられます。これが誰にでも働く良心の叫びと言えます。この叫びを私たちはいつも聴いているのでしょうか。
 今日の福音は非常に実用的です。私たちの姿を反映しています。福音書に登場した二人の息子の態度を通して、イエスは私たちに人間の行いの大切さを明らかに示しています。そしてイエスは、悪いと思い直して態度を悔い改め、働いた兄の生きる姿勢を見せて、私たちの生活も考え直すように呼びかけています。なぜなら福音書の中の親子の関係はキリスト者の私たちと神との関わりと言えるからです。神と私たちの関係は父や母との関係よりも強いです。私たちには、知らず知らずのうちに良心に背いてしてしまう行動や思いがあることを神は当然すべてよくご存知です。
 ですから、弱い人間であり、楽な方に流される傾向を持っている私たちは正に「『いやです』と答えた」兄のように、度々罪を犯したり、神の愛に背いたりする事も珍しくありません。または「『お父さん、承知しました』と答えたが、出かけなかった」弟のように、イエスに倣って生きていく、という堅い決意を持っていても、何かの弾みに、あるいは些細なことで、その決意をないがしろにしてしまうこともあるでしょう。兄にしろ、弟にしろ、大切な事は罪に対して絶望する心ではなく、罪に対して痛みの心を以て憐れみ深い父を信じて、一瞬一瞬悔い改め、愛の道を歩み始めることです。神はいつも私たちにチャンスを与えてくださいます。私たちはこのチャンスに気づき、何としても活かさなければならないのです。
 悪いと思い直して態度を改め、良心に従ってやり直せば、神は何度でも喜んで赦してくださいます。イエスの生き方を基準にしてイエスに従い、やり直すことが出来るなら、「七転び八起き」という言葉がある通り、何度転んでも起き上がることが出来るのです。良心に従う歩みは私たちにとって貴重なものであり、絶えず思い直して心を新たにすることが求められます。悔い改める心を以って生きることこそ、キリスト者のアイデンティティです。
 第一朗読の中で、神の愛に背き、罪を犯した神の民は希望を失って捕囚の苦しい生活を余儀なくされます。エゼキエルは「悪人が自分の行った悪から離れて正義と恵みの業を行うなら、彼は自分の命を救うことができる」と神の民に預言し、彼らに回心を呼びかけ、救いへの希望を示しました。また福音書の中にありますように、徴税人や娼婦は、神の命令を拒否して生きてきたけれど、洗礼者ヨハネを見ると、彼を信じ切ったからこそ、彼の示した義の道を歩み始めました。イエスが「徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう」とファリサイ派や祭司長に厳しく警告したように、父の命令に言葉ではどう答えたにせよ、大事なのはそれを実行することです。
 洗礼を受けて、キリスト者になった私たちは、キリストを信じると宣言し、教会の共同体に所属するだけでは十分ではありません。日々イエスの教えに耳を傾けながら、持っている信仰を生活の中で実行していかなければなりません。第二朗読の中の「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。」というパウロの呼びかけを心に留めて、積極的に信仰を実践して参りましょう。

年間第26主日_印刷用(PDF形式)


2020年9月27日
ハー・ミン・トゥ神父


2020.09.26 Saturday
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