cross.png 7月のメッセージ
トゥ神父
Paulus HA MINH TU, MF
半端なく価値ある時を生きる!

 ジメジメしたこの梅雨の季節の中でも、ロシアで開かれているワールドカップ・サッカーに日夜心を躍らせている人も多い事でしょう。何より日本チームの初戦突破は、半端ない大きな喜びを与えてくれました。約一ヶ月間続くこの大会の為に世界中のサッカー選手を始めどれ程多くの関係者が心血を注ぎ、多くの時間をかけて準備をした事でしょう。
 早くも今年の一年の半分が過ぎてしまいました。私たちがどれ程意義のある時間を大切に使って生きているか、ネット上からの情報を通しても考えさせられます。
 「もしあなたが4年間の価値を知りたいなら大学を卒業した人に聞きなさい。1年間の価値は、1年から2年への進級試験に落第した学生さんに聞きなさい。一ヶ月の価値は、初めての子供を出産した妊婦さんに聞きなさい。1週間の価値は、週刊誌の編集者に聞きなさい。1時間の価値は、直ぐにまた会いたいと思っている恋人たちに聞きなさい。1分の価値は、電車に乗り遅れたビジネスマンに聞きなさい。1秒の価値は、事故を免れた生存者に聞きなさい。1000分の1秒の価値は、オリンピック大会で優勝した選手に聞きなさい。時間は誰をも待ってくれません。一瞬一瞬に無限の価値があるのです。」
 自然界では、厳しい暑さと共に、本格的な夏が始まり、教会でも、年間の道のりに深く入って行きます。教会典礼に於ける「年間」は変化のない平凡な日々ではなく、復活祭に洗礼を受けた方々の信仰の深まりと共にこの時期の草花のように伸び伸びと成長する時なのです。皆さんは、これから迎える夏の季節を有意義に過ごす為に夏休みの計画を考えておられますか。何もかもが素早く過ぎ去ってしまうような時の流れの中で聖マザーテレサの言葉を思い巡らしたいと思います。「昨日は既に過ぎ去った過去、明日はまだ来ない未来、今日だけが、正に今与えられた時なのだから、活き活きと生き始めましょう。」という言葉です。つまり「今」をこそ「今」だけをためらうことなく、半端なく生き抜いて生きられるという事なのです。
 「愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。」(2ペトロ3:8)という使徒ペトロの確信は半端なく、特に日々与えられているこの時間の中でも典礼やミサの時、いわば、神のみ前にある一時こそ、この「今」の価値や大事さを確かめる時なのです。何より「人々がミサに行く全ての足取りは天使に数えられており、この世においても、また次の人生においても、神からより良い報酬を受けるでしょう。」という聖アウグスチヌスの言葉から分かるように、猛暑の中にミサに参加する私たちは、大きな励ましと力付けを頂く事でしょう。私たちは個人的にも、教会共同体としても、一瞬一瞬を神に生かされているのです。生かされている時を活き活きと生きる事が出来ますように、共に願って参りましょう。



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2018.07.08 Sunday
cross.png 6月のメッセージ
トゥ神父
Paulus HA MINH TU, MF
愛の器

 天候の不順さに、紫陽花は一週間も早く咲き、人間は適応出来ずに、体も心も驚き不調を訴える人が多いと聞きます。予想外の行動に駆り立てられて信じられないような事件を起こす人がいても、不思議な事ではないかもしれません。私たちは日々の生活から受けるストレスが、心の奥深い所でだんだんと重く積もっているのではないでしょうか。人の心を読み解く事は難しいと実感しております。こんな時「読む価値のある一冊の本は心」だという言葉を知りました。心はその人自身そのものを現しているからです。
 日常生活の中で時々体験する事ですが、本物そっくりの造花や、何処が違うのかとても分からないブランド品、騙されても仕方がないようなものが次々生み出されるのも技術の発展の一つかもしれませんが、本物を見分ける事はとても難しいと言わざるを得ません。しかし、心は「愛の器」と言われます。心を見るためには、どの位愛する事が必要でしょうか。愛すれば人の心が見えるのでしょうか。
 私たちの主であるイエスは「神の慈しみ深さ」を持っておられます。パウロが2コリント4~7で言われたように「私たちはこのような宝を土の器におさめています。」私たちキリスト者は壊れやすいものです。日々この器、心を大切にするだけでなく、綺麗にして更に、強く育まなければならないのです。何故なら、マルコ7:20~23にあるように「人から出て来るものこそ、人を汚す。中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て人を汚すのである。」と、人から出て来る12の罪は日々誰にもありがちな行いでしょう。
 「器は容れ物」ですが、ただこの器を大切にするだけではなく、きれいに強くしないと、器そのものを駄目にしてしまうのです。「愛の器」を綺麗に強くするために、私たちは、聖母マリアの月である五月には、イエスの生涯についてよく黙想し、六月のイエスのみ心へとバトンタッチします。
 教会カレンダーでは、6月はイエスの月「聖心の月」です。神の深い慈しみに導いてもらえます。イエスの脇腹から流れ出た水と血、この清めと養いによって、全世界が新たに生まれ変わり、愛に包まれるのです。これこそ、最後に人となられた神の子イエスが私たちに与え尽くされた愛なのです。十字架上のイエスの心は正に「愛を運ぶ器」です。
 私たちは日々主の許で、祈りやミサを通しキリストの器から溢れ出る愛を浴びて、清められ強くされます。だからこそ私たちは、すっかり癒され新しい力を得て、生まれ変わることができます。神を愛するイエスのように、神に対する炎の心を燃え立たせ、美しい神の手足として今日も働いて参りましょう。



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2018.07.08 Sunday
cross.png 5月のメッセージ
トゥ神父
Paulus HA MINH TU, MF
新しく美しく…

 「青葉若葉に風香りて…(♬あお〜ばわ〜か〜ば〜に風かお〜り〜て…♬)」と思わず歌い出したくなるような季節です。美しい花々と新緑に誰もが心を弾ませます。私たちキリスト者は、日々新しく息吹を受け美しい命を生きています。キリストに近付いていく為には、日々祈りのうちに心を新たにされて、少しでも綺麗な心で主を迎えることが出来るようにと願っています。
 ある日、偶然目にした新車の新聞広告のキャッチフレーズに「あたらしく、うつくしく」という言葉がありました。その新車のキャッチフレーズは、その会社の伝統と関わった多くの人々の想いと期待と正に「さあ、どうぞ車に」という気持ちが込められていると思いました。
 前任地の浜松は車社会で都会と思っていましたが、この教会のある「武蔵小杉」ははるかに大都会です。しかし大都会で自動車に乗ることは渋滞や駐車場の問題など、却って難しい事が多いかもしれません。武蔵小杉が「一番住みたい街」と多くの人々に言われ続けるには、もっともっと住み良い街へと、日々新しく美しく生まれ変わっていく必要があります。
 キリスト者である私たちも、この街以上に日々新しくならなければなりませんが、私は何よりこの街にある教会として、多くの人々に訪れたい教会と言われるような中原教会でありたいと思います。
 間もなく聖母月である五月と共に「中原教会献堂六十周年」の、いわば還暦のお祝いを迎えます。「マリアはこれらのことをことごとく心に留めて巡らしていた」(ルカ2:19)というみ言葉は一人ひとりの心に残ります。だからこそ誰よりも、何よりも一番「あたらしく、うつくしく」出来るのです。
 私自身、中原教会の六十周年という節目の年に派遣されて、身も心も引き締まる思いです。ここ中原教会は、六十年という長い時間のうちに育まれた教会の伝統と、人々の交わりの深さと、未来への大きな使命と期待が溢れているように思います。車のキャチフレーズではありませんが、あたたかく開かれた中原教会も祈りのうちに一層「あたらしく、うつくしく」そして教会の守護聖人である「憐れみ深い聖母」の心をもって、愛を証して、救い主イエスを伝え「さあ、どうぞ教会へ」と多くの人々を誘ってみましょう。
 六十周年を記念するこの教会が新たな一歩を踏みだすことが出来ますように、祈りのうちに、心を一つにして盛り上げて参りましょう。


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2018.07.08 Sunday
cross.png 4月のメッセージ
ハー・ミン・トゥ神父様、ようこそ中原教会へ!!
トゥ神父
パウロ ハー ミン トゥ
Paulus HA MINH TU,
MF(信仰の宣教修道会)



私は弱いときにこそ
強いからです。
コリントの信徒への第二の手紙 12:9-10

お互いに知らないものに出会うと驚きますが、それを乗り越えて、お互いを理解し合い、受け入れ合い、多様性、豊かなものを味わうことができると思います。いつでもあたたかい、人を受け入れる教会でありたいです。


略歴
1976年生まれる
2002年来日
2004年東京カトリック神学院 入学
2010年東京カトリック神学院 卒業
2010年5月25日ベトナムにて司祭叙階
2010〜14年藤沢教会・雪ノ下教会・山手教会にて助任司祭
2014〜18年3月鷺の宮・三方原教会にて主任司祭
2018年4月中原教会にて主任司祭



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2018.07.08 Sunday

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