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トゥ神父
Paulus HA MINH TU, MF
何もない中にあるもの

 今年は、朝晩の秋風を感じながらも、夏の初めから今日まで厳しい暑さが続いています。自然災害だけではなく、それと連動しているかのような事件や事故が起きています。特に大人に抗えない幼い子供たちが凄絶な被害を受けた事件に心塞がる思いをしたのは私だけではないでしょう。今この時もキャンプ場の森の中で行方不明になっているたった7歳の少女をどれだけ多くの人が必死になって探し、待っていることでしょう。神に祈る度、命の大切さを痛感すると同時に、神の働きを改めて考えてしまいます。大型の台風・大雨・強風は、人々に甚大な被害をもたらしました。商売を諦め止めた人、農家の人々は今年の秋の収穫は何も望めないのか、人間の力ではどうにも出来ないのか、と半ばあきらめています。そんなニュースばかりの中で、97歳で大病を患いながらも、現在も元気な瀬戸内寂聴さんが、「私にとって幸せとは死ぬまで好きなことをやり続けること」とテレビで話しておられました。彼女の話や思いは多くの人を惹き付け、生きる勇気と希望を、それもさりげなく、時にはユーモラスに伝えておられます。年齢を重ね、病気を重ね、すべて頂いたものを神に返して自身は空っぽになりながらも、一方でどれ程心の落ち着き、安らぎといったお金では買えないものを頂いていることでしょう。私にとっては大きな励ましと救いでした。目には見えない豊かさがヒシヒシと感じられました。持っているすべてを破壊され、流されてしまった後に残るものは諦めや絶望感ではなく、新たな希望と逞しさなのです。私たち人間の目には実りは何もないと思っても、何もない中にこそ豊かな収穫があることに、苦しい日々は気付ける目と心が養われたのかもしれません。Barack Obamaは「私たちは、息をしている間、希望します」と言いました。
 そして、聖パウロは「見えるものに対する希望は希望ではありません。私たちは、目に見えないものを望んでいるなら、忍耐して待ち望むのです」(ローマ8:24)と言っています。間もなくお迎えする教皇様の38年ぶりの訪日という貴重な目に見える形を通して、何を神からのメッセージとして受け止めることが出来るでしょうか。
 ロザリオの月であるこの10月に、聖母マリアと共に、ロザリオの祈りの力に支えられる私たちです。「涙のうちに種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる」という忍耐力と希望を持って、日々の生活の中のどんな出来事にも示される神のみ旨を感じ豊かに生きることが出来ますように、祈って参りましょう。


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2019.10.05 Saturday
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