東横病院内でミサを捧げていた人々をきっかけとして、1958年アトンメント会が武蔵小杉に設立した教会です。


トップ

ミサ案内 Mass

アクセス Access

お知らせ Info

初めての方へ

中原教会について

年間行事

行事予定

行事レポート

教会学校

リンク集

更新履歴

主任司祭

今月のメッセージ

福音の分かち合い

勉強会








サイト内の記事を検索  
復活徹夜祭
創世記            22章1〜18節
出エジプト記     14章15節〜15章1a節
バルクの預言   3章9〜15、32節〜4章4節
ローマの信徒への手紙      6章3〜11節
福音朗読 マタイによる福音書 28章1〜10節
※ リンクのない朗読箇所はご自身の聖書をお読みください


希望の光

 復活された主イエスの力と真の平和が困難のうちにある私たちに豊かに注がれ、私たちと共にこの危機を乗り越えて行くことが出来ますように、皆さん一人ひとりにお見舞いを込めて、ご挨拶を送らせて頂きます。主のご復活のお慶びを申し上げます。おめでとうございます。
復活のロウソク
キリストの光、
神に感謝
 例年なら、今の季節は春の温かさと咲き出した沢山の花々と共に、キリスト者は復活のロウソクの周りに集まって、大喜びのうちに賑やかに祝っているはずです。しかし残念ながら、今世界中の人々はそれが出来ません。互いに接触を避けることが第一の感染予防策だと思いますが、無意識の中で、私たちは心の距離をも広げてしまう恐れがあります。まるで隠れクリスチャンのように生きている今の私たちは、何もかも控えた環境の中で、それぞれの自宅で復活された主イエスを迎えています。それでも「静まりかえった私たちの町に、復活祭の福音が響き渡るでしょう。」という教皇フランシスコの言葉に大変力付けられ励まされています。新型コロナウイルスの感染拡大の中にいることを考えれば、毎年盛大に祝うこの喜びの日を、今年は心から喜べないことは大変残念ですが、今も尚増え続けている感染者の方々やそのご家族、医療従事者、看護者の方々のためにも一層祈り続けたいと思います。

 新型コロナウイルスの不安と恐怖が増大しつつある中での大切な過越の三日間、私たちは受難の道に入られた主イエスの気持ちを大事にしながらも、まるで真っ暗なトンネルに閉じ込められているような思いを拭い去ることは出来ませんでした。実際には、武漢をはじめ多くの国々は、今年になってから新型コロナウイルスと闘うという長い聖週間、受難の道を歩み、多くの人々は疲れ果ててしまいました。今世界中の人々が回復のための光を獲得したい、と強く求めている時です。
水の祝福
 閉ざされた教会は、年に一度の復活の聖なる徹夜祭を迎えました。今夜の典礼は単なる儀式ではありません。またキリスト者の習慣として、毎年同じことをただ繰り返しているわけでもありません。むしろ世界中の暗闇にいる人々を救う典礼なのです。「光の祭儀」と「水の祝福」は、一年の典礼の中心である今夜のミサの中でしか行われません。これを大切に行い、疲れ切った人々を温め、飢え渇いている人々を満たすために、必要不可欠な復活のロウソクを通して光を手渡し、洗礼の更新をして、平安のうちに永遠に生きる命に導くものです。
 今夜は生きる命を与えられる日であり、天地創造の第一日目に与えられた「光」に始まり、今尚続いている神の創造の出来事を皆で讃える日です。その光は私たちを希望へと導き、永遠の命を生き続けることが出来ます。光は暗闇を追い払うのは勿論ですが、何より人間の苦しみや悲しみも映し出し、更には、心の中に希望があることも思い出させます。今私たちは出口の見えない長いトンネルに放り込まれているように感じているかも知れません。しかし必ず出口はあると信じ、この暗闇と闘い、出口を見つけなければならないことを世の人々に示すべきです。

 今夜私たちが復活のロウソクから頂いた光は自分からでも隣人からでもなく、神様から頂いたものです。輝いている復活のロウソクのもとに、教会は「神の子イエスは真の世の光であり、人間に希望と喜びを与える主」であることを明らかに宣言します。復活のロウソクは復活された主イエスのしるしです。「聖週間ビデオメッセージ」の中で教皇フランシスコは「復活したイエスにおいて、命が死を打ち負かしました。この過越の信仰は、私たちの希望を育みます。わたしはこのことを、皆さんと共に今夜、分かち合いたいと思います。それはよりよい時への希望です。その時、私たちは悪とこのパンデミックからようやく解放され、よりよい状態にあることでしょう。希望、それは決して期待を裏切らない希望です。幻想ではありません。希望です。」と語られています。
 イエスが復活されたからこそ、この希望があるのです。今新型コロナウイルス感染者が次々に病から復活しています。ここに大きな希望があります。私たちの中原教会の庭に今、沢山の雑草が出て来ています。その生命力、特にドクダミの生きる力は凄いです。草が出て来ないようにと敷いてある砂利の中からもしっかりとどんどん顔を出しています。冬にすべて死んでしまったかのようだった草も花も、今年も、また私たちの大切な自然の一部として復活しています。なんという生命力!大きな希望を感じさせてくれます。「神はその独り子をお与えになった程に、世を愛された」(ヨハネ3:16.)。やはり、神が愛の働きのすべてです。「独り子を与える程、世を愛された」神は当然私たちを愛によって導かれ、私たちを復活させてくださいます。正に愛の力です。
 「キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります」(1コリント14:17)というこの言葉を改めてしっかり心に留めて、自らが復活された主イエスの証人として、命の良い知らせ・GOOD NEWSを運ぶ者として、派遣されていることを再確認いたしましょう。

2020年4月11日
ハー・ミン・トゥ神父

2020.04.10 Friday
このページの先頭へ
<< 聖金曜日(主の受難) | TOPへもどる | 主の復活(日中ミサ) >>