cross.png 主の昇天


 
バトンをしっかり持って

 何によっても止めることが出来ない程の生命力を感じる緑の葉っぱが、曇り空にその輝きを隠され雨に打たれることが多い一週間だったように思います。季節が移り変わっていく中、典礼暦においては「主の昇天」を迎えました。今年の主の昇天は5月21日の木曜日ですが、司牧的配慮からたくさんの信徒が共に祝うことが出来るようにと、日本を始め多くの国では、次の日曜日である本日に移動したのです。
 わたしがこの中原教会に赴任して2年2ヶ月程ですが、まだまだ慣れない習慣、出来ないことが多く、あっという間に時間が過ぎて行くように感じます。時間は私を待ってくれません。しかし新型コロナウイルスの影響を受けた3ヶ月、皆さんとほとんど会うことが出来ずに、首を長くしてひたすらミサの再開を待っています。待ち望む時の時間は何と長いことでしょう。時間の感覚は不思議です。
 第一朗読の「使徒たちの宣教」では「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。」と記されています。復活されたイエスはこの間、弟子たちの信仰を強くするため、度々弟子たちの前に現れました。ですから、弟子たちが復活されたイエスとの四十日間をどう思ったか、少し分かるような気がします。恐らく、もっと学びたい、もっと聴きたい、もっと一緒に居たい、と思っていた弟子たちにはあっという間のとても短い時間だったことでしょう。そして「イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。」と「主の昇天」の出来事を私たちに示してくれました。「主の昇天」は、正にイエスと弟子たちのこの世における最後の別れです。「別れ」と言うと、無理やり引き離されてしまうような思いや絶望や行き詰まりなど、私たちにとっては、別離の悲しみというイメージが浮かぶかもしれません。しかし、イエスが弟子たちに示す「別れ」はそのようなものではありません。自ら公に天に上げられることによって、復活されたイエスは再び以前のように皆の前に現れることがないことを弟子たちに知らせました。この別れが意味するのは、神である父から与えられた使命を成し遂げられたイエスのゴールであり、次は弟子たちの出番なのだということです。イエスがこの世を去られ、天に上げられても、弟子たちは一人ではありません。むしろ何度も現れいろいろ気付かせてくださったイエスが、共にいることを強く信じて歩んでいく人間として、イエスの使命のバトンを引き継ごうとしているのです。高まって行く弟子たちの信仰、それが確立されるのは聖霊が訪れる時です。弟子たちの信仰を完成するものは聖霊の働きです。
 そして、イエスは私たちにも「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」と命じられ、そのバトンも渡された、と言えるのです。それは、イエスとしっかり結ばれる絆を深く感じながら、イエスの受難と復活を伝える、という使命です。しかも、イエスの受難と復活を通して、この神の愛を単に自分たちのうちに留めるだけではなく「他のキリストをまだ知らない人々にも神の民として永遠の命を分かち合っていきなさい。」と呼びかけられるのです。イエスから大事なバトンを受け取った私たち一人ひとりの手を通してその使命が広がり、実現していくのです。そして何よりも私たちは復活されたイエスと出会った喜びをもって、生かされ生きているのです。だから生きる希望をもたらす使者として証しする者となるのです。
 イエスは私たちが託されたバトンを持ってゴールできるように、この世を離れる前に「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」という一つの約束、希望に満ち溢れる保証を残してくださいました。すなわち、私たちは一人ぼっちではなく、いつも主イエスに結ばれてイエスと共にいるのです。復活されたイエスは天に昇られました。しかし天とは時間や空間を越えた、つまりパウロが指摘した「神は、キリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の座に着かせた」ところなのです。
 私たちは天のお父さんの子供です。お父さんが子供の成長を見守るのは当然のことです。教会は「主の昇天に、私たちの未来の姿が示されています」と宣言し、私たちに大きな希望を与えています。イエスからバトンを受け継いだ私たち一人ひとりは、頂いた使命を生き果たし、ゴールインしたいと願っています。
 人生の様々な動揺や試練、特に世界的なレベルで体験したこともない今回のコロナ禍の痛みを通して、私たちの信仰を確かなものにしていきましょう。特に、神の愛、天の国は既に今ここにあることを心に留め、永遠の命を目指す大きな希望を与えられていることを思い出しましょう。大きな希望を思い出す時、イエスから託されたバトンをイエスと共に握っていることに気が付き、私たちがまた一歩力強く踏み出すことが出来ますように、共に祈り続けましょう。


 

2020年5月24日
ハー・ミン・トゥ神父

2020.05.22 Friday
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