東横病院内でミサを捧げていた人々をきっかけとして、1958年アトンメント会が武蔵小杉に設立した教会です。


トップ

ミサ案内 Mass

アクセス Access

お知らせ Info

初めての方へ

中原教会について

年間行事

行事予定

行事レポート

教会学校

リンク集

更新履歴

主任司祭

今月のメッセージ

福音の分かち合い

勉強会








サイト内の記事を検索  
年間第20主日


心を動かす信仰

 熱中症と新型コロナウイルスに注意しながらも、お盆休みは、ゆっくりと休み、有意義な時を過ごせたでしょうか。心身ともにリフレッシュして、新たな心で仕事を始めたいと思います。
 さて、新型コロナウイルスの感染拡大により、今年は特別な夏休みになりました。例年なら、お盆休みに帰省する人や旅行する人は、新幹線や飛行機のチケットやホテルや旅館の予約を取るのが至難の業です。何としても夏の計画を実現するために必死になって、何か月も前からあれこれと計画したり、準備し手配したりします。そうしてやっとの思いで、予約を取るのです。同様に、どうしてもやりたいことや大切な目的のために人のしない血の出るような努力をし、また土下座をしてお願いするような経験をしたことはありますか?
 今日読まれた福音の中にも似た場面を見ることが出来ます。キリストを信じる私たちはカナンの女の信仰によって、もう一度自分自身の信仰を問い直されたり、少しでも考えさせられたりするものがあるのではないでしょうか。なぜかというと、イエスが最初はとても強く否定していたこの女の信仰は、ついにはイエスの心を動かし、イエスの救いを獲得したからです。カナンの女の信仰とは、一体どのようなものだったのでしょうか。どのようにしてイエスの心を動かすことが出来たのでしょうか。このカナンの女の信仰には、2つのヒントがあると思います。
 一つ目は、悪霊につかれた娘を持っているこの母親が、その苦しみを訴えて叫び求め続けたことです。もちろん、自分の利益のためにではなく、願い続けたのです。社会から排斥された身分の低い彼女は苦しみ、イエスの温かい眼差しを求めていたのに、イエスは彼女を直ぐに癒してはくれず、さらに「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされてない」と言って、異邦人との関わりを拒むようなことを言い、最後には「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」と、今は癒せない理由を述べて断ります。それでも、なおカナンの女はただイエスの前にひれ伏して訴え続けています。信仰があるのなら、ただ一度だけではなく、心から叫び続けることが大切です。第一朗読にあるように「正義を守り、恵みの業(わざ)を行え。わたしの救いが実現し 私の恵みの業(わざ)が現れるのは間近い。」と、イエスの全知全能を信じているからこそ願い続けるのです。カナンの女は苦しい試練の中での体験と同時に、娘を治してもらえるという希望を強く持っていたのです。そして絶えず叫び続けることは、彼女が自分のプライドを捨てて、土下座をしても、娘の治癒のことしか考えていないことの表れです。これこそ間近に迫った神の「恵みの業(わざ)」を迎える喜びを表すために、私たちも今「恵みの業(わざ)」を行うべきだということです。やはり、神は憐れみ深い神であり、どんな異邦人にでも救いを届ける神なのです。
 二つ目は、イエスがカナンの女の願いにかたくなに沈黙し、冷たく拒絶するかのような態度を示しても、カナンの女の信仰はいつも新たで前向きでした。しかし私たちには、イエスの言動に理解出来ないことも多くあります。すべての人を救うために、そして神の救いの力を具体的な出来事を通して現わすために、特定の民、特定の時代と場所として選ばれたのが弱くて小さなイスラエルです。彼らの上に神の栄光が輝く時、異邦人の誰もが、神の偉大さを知るのです。イエスはただの奇跡執行人ではなく、神の救いの計画に忠実に従う僕(しもべ)です。カナンの女は、イエスに同意し、神の救いの計画に従う信仰を持っていたのです。その上で「子犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです」と言います。これなら神の計画を損なうことはありません。この女の機転がイエスを動かし「あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように」とイエスに言わせたのです。信じることは、要求することではありません。むしろすべてを神の手から頂くのを待ち、恵みとして無償で受け取るということです。カナンの女はイエスの心を信じているからこそ願い続け、追い出されるほど頑固な信仰を持っています。
 このカナンの女の信仰は、恐らく私たち一人ひとりにも当てはまるものです。洗礼の秘跡を通して、私たちは既にこの信仰を持っています。第二朗読の中のイスラエルに対する「神の賜物と招きは取り消されない」というパウロの確信は私たち一人ひとりの信仰とも言えましょう。私たちは今自然災害や新型コロナウイルス感染拡大など、とても複雑な世界情勢の中に置かれています。自分の弱さや無力さを感じる時こそ、何よりカナンの女のように素直な心で「主よ、わたしを憐れんでください」と叫びましょう。そして共にいてくださるイエスを強く信じ、助けを求める周りの人々に応え働くことが出来ますように、神への信仰を現して過ごせるように、祈って参りましょう。


2020年8月16日
ハー・ミン・トゥ神父

年間第20主日_印刷用(PDF形式)

2020.08.15 Saturday
このページの先頭へ
<< 聖母の被昇天 | TOPへもどる | 年間第21主日 >>