東横病院内でミサを捧げていた人々をきっかけとして、1958年アトンメント会が武蔵小杉に設立した教会です。


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年間第22主日


「命」への道

 厳しい暑さ、さらにコロナ禍が長引く中で、毎日苦しみ、不安に思って生活している方も多いのではないでしょうか。ワクチン予防が一日も早く出来るのを期待して、パンデミックの終息を願うばかりです。
 新型コロナウイルスが発生した頃、武漢の高級マンションから紙幣を投げ散らしていた人々の光景を思い出しますと、今日の福音の中で「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか」というイエスの言葉に心の底まで納得して、今の私たちにも必要な教えと捉えることができます。やはり人は、誰もが苦しみや死さえも免れたいと強く懇願し、生きる願望をもっています。それも幸せに生きていきたいものなのです。しかし、日常生活の中で、自分のしたい何かを選択するならば、その目的達成のために別の何かを犠牲にする、という交換条件が必要です。求めるものが大きければ大きい程、交換条件は一層大変になるでしょう。頭では分かっていても、体はなかなか対応出来ないものです。私たちは楽な方を優先し、選んでしまいがちだからです。
 今日の福音朗読の中で、イエスは「自分を捨て、自分の十字架を背負って」と、ペトロだけではなく私たちにも、苦難と十字架の道、すなわち、自分を捨ててキリストと共に歩んで行くよう呼びかけているのではないでしょうか。尊敬する先生であるイエスと共に三年間生活し、イエスからたくさんの教えを受け、数え切れないほどの素晴らしい奇跡を体験したペトロは、神の子であるイエスが「多くの苦しみを受けて殺され」ることには耐えられませんでした。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」という心を込めたペトロの言葉から、十字架の死を否定する気持ちが感じられます。つまり、神の慈しみに包まれているから苦しみはないはずだと考えるペトロには、受難と復活の予告はあり得ないことであり、受け入れがたいことでした。ペトロにとっても、私たちにとっても、苦しみは最も避けるべきもの、最も嫌悪すべきものだからです。
 天の父から離れて人間の知恵にとらわれているペトロは、私たちの姿でもあります。イエスは「神のことを思わず、人間のことを思っている」ペトロをいさめた後に「私について来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と、人間の思いを捨て、神の思いである十字架を背負っていくように、ペトロや弟子たちを招いたのです。
 イエスが歩まれた道は十字架の道です。イエスは「自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る」と言っています。十字架を怖がる心を持つ私たちには、矛盾に聞こえるかもしれません。しかしこの道はイエスを模範とし、イエスに頼って、一歩ずつ歩んでいくイエスと共に歩む道です。第一朗読の中で「主の言葉のゆえに、わたしは恥を受けねばならない」というエレミヤが預言したこの苦しみは、神の子イエスの受難を連想させます。この十字架の道は愛の道です。命への道です。なぜなら愛のために自分を捧げたイエスは、十字架を通して復活の生命につながるからです。そして、このイエスに招かれた道は私たちが日常生活の中でよく体験しているものです。私たちはこの命の道を生きるために洗礼の恵みを受け、自分の考えだけに頼らないで、イエスの生き方を学んで毎日を歩むと約束しました。私たちは自分を捨てて、自分の救いが来る十字架を背負って生きる道を歩むことができています。私たちは自分を捨てる、そして神は私たちを拾ってくださる。つまり「拾」われるためには「十」を足して「捨」になっていなければならないのです。「捨」から「十」を犠牲にして捨てなければ「拾」ってもらえません。
 実際イエスの道は、第二朗読の中で「心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい」というパウロの勧める生き方でもあります。イエスに招かれた道はただ十字架という、物質的なものではなく、一人ひとりの人生そのものを十字架として受け入れる道です。だから、私たちは日々の生活をキリストが歩まれた道と同じように実践して行かなければならないのです。
 今日のみ言葉に照らされた私たちは改めて「わたしに従いなさい」と言うイエスの招きにしっかり応え、イエスと共に「命」に招かれた道を歩んで参りましょう。


年間第22主日_印刷用(PDF形式)


2020年8月30日
ハー・ミン・トゥ神父

2020.08.29 Saturday
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