東横病院内でミサを捧げていた人々をきっかけとして、1958年アトンメント会が武蔵小杉に設立した教会です。


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年間第24主日


赦す心

 残暑の厳しさと大気の不安定な中に、少しずつ秋の気配を感じ始めました。季節の変わり目は体調を崩しやすいと思います。長引く感染防止の疲れの上に、大雨や台風が相次ぎ、不安な心で暮らしている方も多いと思います。私たちを含めて、すべての人々が一日でも早く穏やかに生活することが出来ますよう、たくさんの祈りを捧げましょう。
 さて、皆さんは誰でも消しゴムを使ったことがあると思います。この消しゴムについてこんなお話があります。一人の小学生が「どうして鉛筆と消しゴムは一緒にあるの?」とお父さんに聞きました。お父さんは子供に「消しゴムは、鉛筆で書いていて間違った時に書き直し、ノートに書き込んだことを全部消して新たにすることが出来るよ。消しゴムがなければ自分のノートは間違えたままや、汚いままだけど、消しゴムがあったら、もう一度書き直して綺麗にすることが出来るから、消しゴムは大切だよ。」と教えました。
 一人ひとりの人生は一冊のノートにたとえることが出来ます。このノートには様々なことが書かれており、それはいつも正しく書かれているわけではありません。「ゆるしは魔法の消しゴムです。それを定期的に使おう。」という言葉を聞いたことがあります。親子の会話のように、私たちの人生の上で過ちや、間違った時のために消しゴムは必要不可欠なものです。そして実際、私たち一人ひとりの人生には一つの消しゴムが与えられているのです。その消しゴムは何でしょう。それは寛大な心、かつ赦す心です。「ゆるしは最大の復讐である」と言われる通り、寛大な心を以て赦すこと、これは償われて当然の損害を我慢する自己犠牲ではありません。なぜなら、イエスの赦しは損害ではなく「絆の回復」だからです。
 「絆の回復」によって私たちは人生の過ち、自分の間違ったこと、その相手の過ちをも消してもう一度やり直し、新たにする事が出来ます。しかし、弱さ故に頑固な私たちは与えられたこの消しゴムを使わず「絆の回復」をしないで汚れたままに置いておき、赦さない時があります。例えば赤ちゃんは教えなくても主張をしますが、譲り合ったり、赦したりしている姿は見られません。おそらく赤ちゃんからお年寄りまで「目には目を、歯には歯を」という考えが分かりやすく、赦す心を持つことは簡単ではありません。
 ところが、有名なマハトマ・ガンジーは「『目には目を、歯には歯を』というルールで生きるならば、この世は盲人ばかりです」と言いました。このルールの許では「絆」は生まれません。赦す心はとても大切ですが、自然に身についているわけではありません。さらに努力すれば手に入る、というものでもありません。しかし、私たちは先に神に赦されています。だからこそ、私たちも人々を赦すことが出来るのです。赦す心を独り占めにすることは出来ません。泉のように自然に私たちの心に湧き出してきても、もしそこに留まってしまったら、そこはもうよどんでしまいます。その水が綺麗で透明であるためには、湧き出して流れて行かなければならないのです。同じように私たちは、神から赦す心を頂いて行動していく必要があります。
 第一朗読の中に「隣人から受けた不正を赦せ。そうすれば願い求める時、お前の罪は赦される」と記され、さらに「いと高き方の契約を忘れず、他人のおちどには寛容であれ。」と人を赦すことを強調していることが明らかです。これは、人に対する基本的な心構えです。そして、私たちにとって極めて必要なことです。第二朗読で使徒パウロが伝えているように、キリスト者は「わたしたちの中にはだれ一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません。」主に信頼して主に倣って生きていく私たちは、いつも主から頂いている愛と憐れみの中で、周りの人々、出会う人々に、具体的な行動でその愛と憐れみを示して、絆も回復して行くことが出来るのではないでしょうか。赦し合う心がなければ、人間の私たちは共に生きていくことが出来なくなります。
 消しゴムは一所懸命働いた後に消えます。キリスト者も損害にばかり目がいくのではなく、絆を優先させる心を持たなければなりません。赦す心を日々生活の中で使っていますか。それともただ、赦して頂くだけの自分か、振り返りましょう。そして「わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか」というみ言葉を心に留め祈りましょう。神の恵みに助けられる私たちは、心を込めた思いやりのある生き方を通して、赦しの心を証しする者となることが出来ますよう、歩んで参りましょう。


年間第24主日_印刷用(PDF形式)


2020年9月13日
ハー・ミン・トゥ神父


2020.09.12 Saturday
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