東横病院内でミサを捧げていた人々をきっかけとして、1958年アトンメント会が武蔵小杉に設立した教会です。


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年間第28主日

 
応える心

 気持ちの良い秋の空気を吸い込んでホッとできることをありがたく思っていましたが、またもや台風に悩まされそうで不安が募る私たちです。コロナ禍の影響と共に被害を受けている方々を心に留め、必要な助けが与えられますよう一層祈りたいと思います。
 さて、私たちが生きるために、食べるものと着るものは必要不可欠なものです。大昔から食べることと同じように着ることも、人間独自の行為として、体を覆ったり、隠したり、温めたりしてきました。そしていつの頃からか、着るものはその人自身のことを現わすようになりました。着るものにより、文化や宗教までもが新たに意味付けられます。それは、日常生活の中にも見ることができます。幼い子供は子供服、大人は学校や会社など、それぞれ時・場所・場合に応じた服装を身に着けています。司祭としての私が祭儀を挙げる時に、ハデハデ・キラキラの私服を着る事はできません。それなりの正装をします。特に日本の文化である冠婚葬祭の中での正装は大切です。一つの儀式において、服装はその人の身分を表すものであり、時・場・状況に相応しい服装を身につけていなければ、場の空気が読めない人と白い目で見られてしまうでしょう。
 このことは、今日の典礼の中でも明らかにされています。誰一人をも除かず招かれる神の宴の食卓において、相応しい服装を身に着けることは大切で、求められています。
 第1朗読の中で「主は、祝宴を開き、すべての民に良い肉と古い酒を供される。・・・すべての民の顔を包んでいた布とすべての国を覆っていた布を滅ぼし、死を永久に滅ぼしてくださる」というイザヤの預言が、神の愛に背いた民がどんな状態にあっても、限りない愛により、神がその民を救って、救いの業を完成させてくださることを表しています。このことは、福音書の中では「王子の婚宴」に人々を招く王の姿を通して示されています。「善人も悪人も皆」大切な客として招かれているのですから、この世に、こんな王はいないでしょう。このたとえを通して、イエスは神の寛大な心を崇めると同時に私たちに「神の国の宴」の先取りを味わうように招いています。この王は、憐れみ深い神を、婚宴は教会をたとえています。教会は良い人にせよ、まだ良くない人にせよ、誰でもイエスと共に生きていきたいすべての人が来られる場所です。そして、私たちは神の食卓に招かれて、ここに集っているのです。しかし、一番大切なことは、私たちがその招きに応えるかどうかです。
 もしかしたら、今の私たちも「既に招いておいた人々」のように、王の婚宴より自分の畑や商売などを優先して選んでいるかもしれません。それでは、せっかくの招待を台無しにしてしまうことになります。招きを拒絶する私たちは、神の食卓であるミサより、この世の出来事を選んでしまっているということです。なぜなら、自分の仕事の方を王の招待よりも大切にしているからです。王の優しさを見落として、王の与えた栄誉を理解できず、王が差し出す食事の素晴らしさを見損なっているのです。
 また、招きを拒絶する人ではなくても、呼びかけを大切にせず、それに相応しい心で応じていない人々がいます。彼らは婚礼の席に一応いるだけで、礼服を着ていない私たちかもしれません。神が私たちに期待していることは、ただ食事の席に参加することではありません。招きに応えた私たちは、王への敬意を表す礼服を着けているかどうかが問われています。それは、神の国の良さ・素晴らしさを理解して実践していることのしるしだからです。こんな私でも、神は招いてくださった、という感謝の心を持ち、神の子として生きていきたい、と希望していることがとても大事です。ミサに参加する心が大切なのです。
 相応しい服装とは、神との会食でのことを指すのはいうまでもありません。さらに相応しい服装とは、招かれた私たちが少しでも、その感謝の思いや悔い改めの気持をもって臨んでいるかどうかということです。それは、真実の信仰を求め、それを生きようとする心構えとも言えます。ひたすら神を信頼してイエスの後についていくことを示した私たちが、神と出会いより深く交わり、繋がっていくことが今日の福音のメッセージです。
 毎日の生活においても、神の子として与えられた使命に喜びと感謝の心を持ち、新たな気持ちで生きるがこと大切です。第2朗読の中でパウロは「わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能である」という言葉で、感謝の心と神に満たされる生き方を私たちに示してくださいました。
 さぁ、神の愛に気付き、また主の食卓からもたらされる救いを多くの人々に宣べ伝えましょう。いつの日かその人々も共に主の食卓に招かれますように、相応しい服装を整えて、主の食卓を囲んで参りましょう。

年間第28主日_印刷用(PDF形式)


2020年10月11日
ハー・ミン・トゥ神父





2020.10.10 Saturday
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