cross.png 6月のメッセージ
トゥ神父
Paulus HA MINH TU, MF
心の渇きを感じませんか?

 今年は夏に入る前から暑い日が続いていて、一体今年の夏本番はどうなるのかと心配になる程です。多くの人が気温の変化に体がついて行けず、その上日々の生活の中で起る様々な出来事に疲れ、心の奥深い所で、不安を感じながら生きているようです。例えば交通事故です。事故の原因には様々な要因があるのでしょうが、何故これ程文化も技術も進んでいる現代に自動車事故が多発しているのかと、大きな不安を感じます。特に小さな子供が犠牲になってしまう事には心が張り裂けそうです。事故の被害者も加害者もそのご家族も、事故の瞬間の恐怖だけではなく、その後も身体的には後遺症が続いたり、精神的にはトラウマになってしまったり、と生活全てが一変しかねません。メディアでその事を知る私たちも二次的に影響を受けていると思います。
 時間や仕事に追われながら生きている私たちは、体の疲れは自分で感じて分かることが多いと思いますが、心の疲れは見ることも気付くことも難しいでしょう。「人の心は病苦をも忍ぶ、しかし心の痛む時は、誰がそれに耐えようか」(箴言18:14)と聖書に記されています。私たちは気付かないうちにどこか無理をしてしまい、思いがけない疲労・倦怠感・ストレスが心の奥に徐々に蓄積されているのではないでしょうか。
 6月は、ちょうど一年の真ん中です。そろそろ疲れが溜まって来る頃です。「体に食べ物が必要なように心にも栄養を与えてゆっくり休ませることが必要です。」体の疲れは色々と癒す方法がありますが、心の疲れは、今の世にある方法では一時的にしか癒してもらえません。カトリック教会では幸いなことに、6月は「聖心の月」と定められています。イエスの聖心に寄り添い、捧げるように招いてくださいます。「疲れた者、重荷を負う者は、誰でもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11:28)というイエスのみ言葉はキリスト者にとどまらず、すべての人々にどれ程大きな励ましと支えを与えてくれることでしょうか。
 私たち人間は、心身共に弱く傷つきやすい存在です。そして私たちは一人で生きることは出来ません。今「聖心の月」に「ありのままの自分」を心に留め、イエスにお捧げしたいと思います。今私は、なかなか自動車の運転に慣れることが出来ません。多くの方が応援してくださるのですが、折角用意されている自動車も殆ど使いません。乗ったらどんなに便利で信者さんの訪問ももっと出来るのではないかと思うこともありますが、今の生活ではなかなか勇気が出ません。これが現状です。
 日々の生活の中で、人々と助け合いながら、目に見えない神に信頼することが出来ますように。そして要求されることに疲れた時には、それらのすべてをイエスの前に投げ出しイエスのみ心に包まれ癒されて新たな力を頂きましょう。


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2019.07.07 Sunday
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トゥ神父
Paulus HA MINH TU, MF
たとえ一輪でも!

 寒い冬から少しずつ春へと季節が移るのかと思っていましたら、激しい気温の差により体も心もついて行けない今日この頃です。それでも春というより初夏を感じさせるような日射しや爽やかな風に体中が解放されて行くかのように感じられます。私たちは自然に、何と大きな影響を受けていることでしょう。
 2週間程前にアメリカのニュース雑誌「タイム」が「世界で最も影響力のある100人」にプロテニスプレイヤーの大坂なおみ選手を選び話題となりました。まだ21歳の若いテニス選手です。「正直で礼儀正しい彼女ほどグローバル化した多文化社会の将来を象徴できる人はいない。」との推薦文が寄せられていたのです。彼女の信じられない程の努力の賜物と言える素晴らしい活躍には本当に驚かされ、世界中の人々が大きな影響を受けていることと思います。
 キリスト者の私たちにも、多くの人が推薦文を書きたいと思う人物がいます。その人は人類に大きな影響力を持つ聖母マリアです。そして聖アウグスチヌスがあえて「たとえ私たちの体のすべての部分が口になったとしても、聖マリアの価値を賛美するのには十分ではありません」と言われた程で、聖マリアは一人の人間でありながらも、何より従順で勇気があったので、神の子イエスの母、私たちとイエスとの仲介者となられたのです。タイム誌に選ばれることはとても光栄ですが、聖マリアは時間と空間を超えて、もっと長い歴史の中で特別に永遠に選ばれました。聖ヨハネは「一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた」(黙示録12:1)と聖マリアを指しています。私は聖母の冠の十二の星の一つ一つについて「信仰・希望・愛という『対神徳』賢明・勇気・節制・正義という『対人徳』清貧・貞潔・従順という『奉献生活における誓願』柔和・謙遜という『イエスの教えられた徳』」を思い起こし、これらは聖マリアの心の花であることを感じています。
 五月は「花の月」とも言われます。花々や実がその木のエネルギーから出るように「花の月」には、私たちはすべての信心業、つまりロザリオの祈りなどを心から行わなければなりません。私たちの生き方を支え、大きな影響をもたらす聖マリアの生き方を見倣い、その冠で表されている十二の聖霊の実りを輝かせ、キリスト者として、目には見えにくい心の花を育てて行きたいと思います。
 特にこの五月に、私たち自身が日々喜んで生きること、惜しみなく必要な助けを与え明るく声をかけること、人を差別しないことなど愛のわざを積極的に行い、愛の花を沢山咲かせていきたいと思います。それだけではなく、嫉妬、怒り、イライラする心、怠けなど悪い癖にも気づき、それらをも具体的な一輪の花として捧げる心を育てることです。たとえ一輪でも、このような心の花を捧げ、聖母を讃えて生きて参りましょう。


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2019.05.04 Saturday
cross.png 4月のメッセージ
トゥ神父
Paulus HA MINH TU, MF
「元号」を生かして

 今年の輝く春は、温かい日差しを迎えるはずが、桜の花も冷たい風やにわか雨に打たれてお花見ができる期間が延びそうです。それでも、いつものように新年度を迎えて期待と不安の中、真新しいスーツと靴に身を包んだ新社会人や少し大きめの制服に大きな鞄を持っている中高校生たちの姿が目に映ります。この度新たに決まった新元号をドキドキと待ち望んでいた多くの人々は「令和」という新しい元号に新鮮さと驚きを感じたのでしょうか。
 この新年号である「令和」から受ける私の印象は、第二次世界大戦が終わった後に日本人のひたむきな努力による復興と繁栄とそして平和の「昭和」の時代、そこから受け継いだ安定した美しい元号「平成」の時代でした。これからも日本の大きな目的の一つである「平和」を命令と計画によって大切にしようと思える「令和」という元号には、日本が求め続けているものへの決意と覚悟を感じます。「あなたの律法を愛する人には豊かな平和があり、つまずかせるものはありません。」(詩編119:165)
 私をはじめ多くの人々が知っている「昭和」「平成」そして新たな「令和」の三代に亘って共通して根底に流れている「平和」の為に、これからもお互いを尊重し合って、日本だけではなく世界の平和を維持し、貢献して永遠に平和を保っていかなければなりません。
 平和である事がどれ程大切か日本だけではなく世界中の大きな課題です。一歩間違えばいついかなる所でも戦争が起こりかねない世界情勢です。「令和」は日本の長い歴史の中で248番目の元号です。今の時代に日本から世界に発信出来る「平和」という大切なメッセージだと思います。
 この平和は口先だけのお題目ではありません。むしろ日常生活の隅々まで、そして元号の中にも表現されて、見いだされるものなのです。「キリストは私たちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、…遠く離れているあなたがたにも、また近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。」(2エフェソ2:14‐17)とイエス・キリストがもたらしたものです。そして、今四旬節の時に祈りのうちに、この平和を体験している私たちは「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせる為に、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。」(コロサイ3:15)というみ言葉に照らされて渇ききっている人々の心を潤し、祈りながら一人ひとりに出来ることで平和を実現しましょう。皆さんが主の復活を一層味わうことが出来ますように祈っています。
 主のご復活、おめでとうございます。


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2019.04.07 Sunday
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トゥ神父
Paulus HA MINH TU, MF
一歩ずつ…

 三月と聞きますと寒さも少しずつ緩み、春の兆しがそこここに感じられます。教会の庭には、冬の間に固くなってしまった土の中に埋もれていた雑草が、いち早く逞しく生え始めています。土の中で新たな芽生えや成長のために、十分力を蓄えることが出来るのは、厳しい冬の寒さがあるからでしょうか。
 社会では、一年ずつ段階を昇っていく子供が新しい幼稚園や学校へ、厳しい冬を越えた受験生が新たな学びの場へ、学校生活を終った若者が社会へ、社会生活の区切りを迎えた人がそれぞれの人生の更なる場へと準備を整えて進んで行く時を間近にしています。
 その規則正しさは、日本の自然の移り変わりと関わりがあることをいつも心に深く感じます。目には見えなくても自然界ではこれ迄の時を振りかえり、次の季節への準備がいつもなされているのです。人間もまた、自然の一部であり、次のステージへと備える為には、これまでのあり方を振りかえる必要があります。
 人は掛け替えのない神様の傑作です。私たちは一人ひとり、いわば神様にこねて頂いて出来上がった器であり、その器をどのように使って生きるかは私たちに委ねられています。聖パウロは「各自で自分の行いを吟味してみなさい」(ガラテヤ6:4)と私たちに呼びかけています。
 一人の陶工がいつも土をこねて器の形を作り、それを焼く時、どんなに自分が過去の記録を見直し、様々な試行錯誤を重ねても、またどんなに精一杯力を入れても、心を込めて準備をしても、その焼き上がりは思うようにはならない、と言っていました。時には思いもしない出来映えで大喜びする事もあるそうですが、次にまた同じように出来る訳でもないのです。すべての条件が誰も気づかないうちに見事に整えられ、働き合う時があるとしか思えません。私たちはただ精一杯、そのときのために、今明日への最高の準備をするだけです。
 どんな時よりも間もなく迎える四旬節を通して自分自身と闘い、周りの人々と和解し、神への祈りを捧げるときです。そのためには、自分自身の振りかえりが必要です。それなしで前に進む事は出来ません。
 高温で何度も焼かれてより良い器が出来るように、回心を通して祈りに支えられながら、私たちの罪や弱さが救いの恵みに一歩ずつ変えられて行くのです。四旬節は正に「今や、恵みの時、今こそ、救いの日」(2 コリント6:2)という聖パウロの言葉通りです。
 この恵みの時に、勇気を持って一歩一歩謙虚に振りかえり、一つ一つの行いをよく吟味する事によって、その後に来る輝かしい復活をよりよく味わいましょう。今こそ祈りのうちに、この時を大切に過して参りましょう。


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2019.04.07 Sunday
cross.png 2月のメッセージ
トゥ神父
Paulus HA MINH TU, MF
感謝と喜びのうちに。

 暑いベトナムから2週間ぶりに帰って参りました。今年の日本の冬は寒くはあっても穏やかな冬の晴天が続いて有難い事と思っていました。しかし、反面インフルエンザの猛威の嵐の中、皆さんはどのように過ごしているのでしょうか。
 私事で恐縮ですが、この間、私の両親の結婚60周年、母の妹夫婦の50周年、叔父夫婦の25周年とお祝い事があり、大勢の人々と会い共に感謝のミサに与り、お祝いすることが出来ました。正に「私の為、また福音の為に家、兄弟、姉妹、母、父、畑を捨てたものは誰でも、今この世で迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け」(マルコ 10:24)というイエスの約束をヒシヒシと実感いたしました。
 そのミサを司式してくださったT司教様のお説教がとても印象に残りました。「一族の中で一度に、それも銀婚・金婚・ダイヤモンド婚というお祝いを重ねて迎える事は滅多にないことなので、大変驚き感動した。」そして「それこそ、結婚式の時に神のみ前で交わす誓約は神によって守られ、結婚生活の困難さも乗り越えることが出来る。」と強調されました。最後に「結婚生活そのものの中に司祭の奉献生活を生み出す土台と力がある。」とも言われました。 司教様の言葉を通して思い出す聖書箇所があります。それは「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(2コリント 12:9)です。この聖書箇所の意味を身をもって教えてくれたのは両親の姿です。
 10年にも満たない私自身の司祭生活にも苦しい事、辛い事は沢山ありました。まして60年間男ばかり8人の子供と2人の男の養子を育てる事は体の弱い母にとってどれ程大変だった事かと言葉もありません。寡黙な父はその母をとても大切にしていました。どちらかと言うと、子供たちは父より母の方が親しみやすく甘えたがります。だから父親的には寂しかったかもしれません。でもそれぞれの弱点を通してお互いを大切にして、乗り越えて生きて来たと思います。両親が結婚生活を通して様々な犠牲を捧げて奉献生活を送って、私への模範を示してくれていたという事だと思います。結婚生活において「捨」てる事は、奉献生活においては、神が「拾」ってくださるという事だと思います。家庭崩壊が数多く見られる現代にあって、神のみ前での結婚の誓約を私たちは決して忘れてはなりません。
 ベトナムへの帰国は喜びと共に私の奉献生活への覚悟を新たにしてくれました。そんな私の気持ちを知っていたかのように、日本は凛とした寒さで、私の気持ちを更に引き締めてくれたようでした。日本の四季折々は私の日常生活と切り離すことは出来ません。特に1年の中でも2月は何もかもすべてが冷たさの中に静まり返っているようです。しかし冷たく思える土の中でも温かさを保ち1年の土台を作り、春という季節への芽吹きの準備が行われている時です。冷たさばかりに気を取られてその中にある喜びの恵みを受け止める心を失くさないように祈りましょう。


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2019.02.11 Monday

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